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発掘調査情報

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平成22年02月24日  終了 
豊地城跡(といちじょうあと)

調査期間 平成21年11月9日~平成22年3月17日
調査面積 4,040㎡
調査原因 (主)神戸加東線交通安全地区一括統合補助事業に伴う発掘調査

※平成22年3月27日(土)、当館で行われる発掘調査報告会で、急きょ追加発表をされます!

遺跡名 豊地城跡(といちじょうあと)
時代 戦国時代
遺跡の種類 城館跡
所在地 小野市中谷町
調査担当者 調査第2班
別府洋二
山上雅弘
深江英憲
現地説明会 2月27日(土)実施しました。
資料を添付しています。
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現地説明会資料PDF
連絡先 豊地城跡発掘調査事務所 0794-67-0991
発掘成果 豊地城跡では、現在でも屋敷を囲む土塁の一部が残っています。城跡の区画も想定されており、今回の調査は主に主郭と堀跡の調査を行っています。現在までに、中世の瓦や土器などが出土しています。

【今回の調査成果】
・戦国時代に東播磨の有力武将であった依藤(よりふじ)氏(※)の本城を調査しました。調査は城郭の主郭および西側の郭を対象としています。(※依藤氏は永禄年間(1558~1570)の初めごろ、三木の別所氏に滅ぼされ、その後は別所長治の叔父にあたる別所重棟(しげむね)が城主となっています。)
・調査の結果、主郭の周囲を囲む幅12m・深さ2.5mの大規模な堀1が見つかりました。
・堀および周囲からは天正年間(1573~1592)前半頃の瓦が大量(コンテナ70箱分)に出土しています。城郭内の建物(櫓)に葺かれた瓦と推測されます。
・昭和55~56年のほ場整備にともなう発掘調査では別所重棟時代(永禄初年頃~天正13年・1558頃~1585)の瓦が発見され、この時期の城郭改修の可能性が指摘されていましたが、今回の調査によって改修が確実なものとなりました。しかも、改修は小規模なものではなく、大規模な堀を掘削し、瓦葺建物を建てるなど本格的なものであったことが判明しました。
・豊地城の主郭は、西側の城畑(しろばたけ)や東側の八幡神社周辺(図参照)などいくつか説がありましたが、今回の調査で重棟時代の主郭の位置が確定しました。
・城郭で瓦葺の建物が登場するのは、播磨地域では永禄~天正年間(1558~1592)以後と考えられており、この時期の瓦葺の建物は播磨地域では数が少なく、三木城や置塩城などの有力城郭のみで使用されているだけでしたが、今回の発見で貴重な事例を加えることになりました。
・このほか西側の郭では幅5m、深さ1.5m前後の小型の堀が見つかっています。堀の年代は依藤氏の時代別所氏の時代ものです。
・西側の郭で堀が検出されたことにより、この範囲にも城郭が広がることが検証されましたが、郭の構造や規模については不明です。
・城郭にともなう出土遺物は、土師器皿・鍋、丹波焼甕・すり鉢、備前焼甕・すり鉢、中国産染付、瓦(軒丸瓦・軒平瓦・平瓦・丸瓦)、木製品(柱材・掛矢・漆椀)があります。時期は戦国時代(16世紀前半から天正年間前後)のものです。
・このほか、鎌倉時代(13世紀)の集落が、調査区の広い範囲で見つかっています。

【豊地城について】
・豊地城は戦国時代の有力武将依藤氏の本城です。文献では「東条城」・「播州依藤館」として登場します。
・依藤氏は文明年間(1469~1487)の赤松家再興に功績があり、東条谷に領地をえたことによって東播磨に勢力をもっていました。文明16年(1484)に守護赤松氏の被官である浦上則宗が東条城に重臣を招集し、赤松政則を追放する事件が勃発します。このとき依藤氏は政則に従い摂津神呪寺(かんのうじ)に逃れるなど行動を共にしています。また、のちに豊地城を浦上氏から回復するなど、守護赤松氏の重臣として活躍しました。
・享禄3年(1530)には三木の別所村治が丹波の柳本賢治の援助を受け依藤城(豊地城)を攻撃しますが、このときは逆に浦上氏の救援を受け柳本賢治を暗殺してこれを敗退させています。その後も、別所氏との紛争が続きますが徐々に依藤氏は圧迫され、永禄年間(1558~1570)の初めごろに滅ぼされ、豊地城も落城します。
・落城後は別所氏の支城となり、別所重棟(しげむね)が城主となります。別所重棟は別所長治の叔父で同氏の長老ですが、三木合戦(天正6~8年)では秀吉方の武将となります。
・天正8年(1580)、羽柴秀吉は播磨8城に城郭破却令を発していますが、豊地城もこの対象として破却され廃城となりました。
・この破却を実施したのは、後に小野藩主となった一柳(ひとつやなぎ)氏です。
・秀吉方であった別所重棟は天正13年(1585)、但馬八木城に移封され大名となります。
・兵庫県内で戦国時代の瓦葺建物が建てられた城郭は三木城(三木市)・御着城(姫路市)・置塩城(姫路市)・有岡城(伊丹市)・端谷城(神戸市西区)などがあります。


  
豊地城跡(といちじょうあと) 豊地城跡(といちじょうあと)
アクセス 滝野社ICから南東へ約10キロ(所要時間車で30分)
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