平成21年03月11日
「うまやレポート01」
加古川市野口町にある古大内遺跡こと「賀古駅家」
日本最大の駅家を発掘調査します!
| 内容 | 博物館で現在行っている調査研究事業に、「古代官道の研究」があります。 古代官道とは、飛鳥時代から平安時代にかけて造られた主要幹線道路(いわば国道1号線)のことです。当時の国家は地方を支配し、また、大陸との国際的緊張関係から来る危機管理を強化するために、都を中心として七道(しちどう)とよばれる道をはりめぐらせました。東海道、山陽道、山陰道など、今もその言葉が残っています。 兵庫県にも瀬戸内側に山陽道、日本海側に山陰道が造られました。その道はできる限り直線を指向していて、山裾から山裾を結ぶように、一直線であったことがわかっています。旧道に対するバイパスのようなものです。 この道には30里(約16㎞)ごとに駅家(うまや)が築かれました。駅家には馬が置かれ、駅家から駅家に乗り次ぐことで、新しい馬に乗り換えながら速く情報を伝えることが可能となりました。また、外国からの使者をおもてなしする施設としても使われました。 さて、博物館では山陽道の賀古駅家(かこのうまや)の調査を行うことになりました。賀古駅は『延喜式』に馬40匹が置かれていたと記されている日本最大の馬数を有する駅家です。これまでの研究で、その賀古駅家は加古川市野口町古大内遺跡のことであると考えられるようになりました。 しかし、この古大内遺跡は市街化が進み、現在は大歳神社にその趣を残しているにすぎません。そこで、今回の調査は賀古駅の範囲の確定と、山陽道から賀古駅家へと続く、アクセス道路の発掘を目的に実施することになりました。 発掘調査の前にはレーダー探査を行い、地下の様子を掘らずに探りました。すると、駅家の東側中央あたりに何やら窪みが・・・。ひょっとすると東門の跡かも!さらに、その場所へとのびるまっすぐな線。これは何を表しているのか? 発掘調査をする前に、どこをどう発掘すれば効率的にいろんなことがわかるのか計画を立てました。 昨日の3月10日に発掘区を設定し、いよいよ本日から発掘開始! さっそく、奈良時代?の瓦がコンテナ一箱分出土し、期待が高まります。最も東側に設定した発掘区からは溝状の落ち込みが見つかりました。なんと場所は推定山陽道の場所とぴったり。この溝は山陽道の側溝にあたるのかも知れません。 出土品を持ち帰って、土器に詳しい学芸員に見てもらったところ、「近世のものや」という返事。がっくり・・・。明日からの調査に期待!
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