常設展

技巧の粋を尽くした奥深い古代鏡の世界へ

-寄贈・寄託された316面の鏡のうち、常時100面程度を展示-

プロローグ 鏡からみた日中交流史

漢の時代(紀元前202年~220年) 【弥生~古墳時代】

 わが国では、金属文化が伝わることで弥生文化の伸展が加速した。
 日本では、この時代に漢代の鏡が副葬される。鏡の図像は、当時の宇宙観とそれに基づく神仙や霊獣を表したものが多い。

宇宙観を表す鏡「方格規矩四神鏡」
(約2,000年前)

 

唐の時代(618年~907年)【飛鳥~平安時代】

 唐の時代になると、日本への鏡の搬入も活発になる。
 唐代の鏡がわが国へ流入した背景には遣唐使の果たした役割が大きい。彼らは先進的な唐の文化や文物を摂取し、皇帝から与えられた優品をもたらした。優美な宝飾鏡も、彼らを通じて聖武天皇に奉献され、今も正倉院に伝わる。唐文化の美と心を伝える「天平のタイムカプセル」である。

ヤコウガイや琥珀で紋様を構成する
「螺鈿瑞花紋八花鏡」(約1,300年前)

 

1 ガイダンス展示「鏡と装いの道具」

 千石コレクションには鏡と共に例の少ない化粧道具がある。化粧道具には、各種の櫛、刷毛、耳掻き、などが含まれる。
 大型の鏡は、半円形の鏡受けをもつ鏡台に置いて使用された。櫛には、髪をすく櫛やシラミを取る櫛、髪に挿す長櫛がある。
 鏡を含む化粧道具や、おしろい、紅、香料などの化粧品は漆塗りの小型容器に収められ、さらに大型の容器にまとめられた。

化粧道具と、漆塗りの化粧道具入れ
(約2,000年前)

2 幅広い時代と多様な種類を網羅するコレクション展示

①「怪異なる紋様の世界」(夏~秦)紀元前約1,700年~紀元前206年

 中国の銅鏡の起源は、現在も明らかではない。発掘調査によって銅鏡の存在が確認できるのは斉家文化からである。
 約3,000年前の商(殷)の時代になると、精密で多様な青銅器が大量に生産されるようになるが、銅鏡が制作されることは極めて少なく、一般的に普及するのは約2,400年前の戦国期以降である。この頃には高度な鋳造技術の基礎と基本的特徴が確立していた。

中国最古級の銅鏡
「緑松石象嵌鋸歯縁鏡」(約3,700年前)

②「銅鏡の繁栄と興隆」(前漢~南北朝)紀元前202年~589年

 中国が統一された漢代には、手工業生産の規模、技術が大きく発展した。鋳造技術の進歩も著しく、特に銅鏡は青銅製品の中で最も中心的な存在となり、姿見というごく一般的な日用品として普及する。
 この時期に中国で制作された鏡は、弥生~古墳時代の日本からも出土しており、兵庫県内でも、40面を超える鏡が見つかっている。

古墳時代の日本人にも好まれた鏡
「環状乳神獣鏡」(約1,900年前)

③「流麗なる技と美」(隋~唐)589年~907年

 大帝国の唐は、律令制度のもとで豊かな文化を開花させた。鋳造技術の発展も著しく、動植物などの自由な題材、造形により、多くの優品を生み出した。銅鏡史上の最盛期である。
 シルクロードによる遠国との交易は様々な材料と国際性豊かなデザインを持ち込み、鏡の紋様に影響を与えた。漢代以来の堅苦しく窮屈な紋様は、流麗、優雅なものに一新され、神話世界の荘厳さよりも自由で写実的な表現が多くなる。

鏡背面の全面を使った自由な紋様
「双鳳瑞花紋八花鏡」(約1,300年前)

④海獣葡萄鏡の意匠

 千石コレクションの中でもっとも多いのが海獣葡萄鏡であり、35面を縦横に並べる展示は圧巻である。
 海獣葡萄鏡は隋唐時代を代表する銅鏡の一つで、鏡名の「海獣」は、外来の異獣を意味する。ブドウも西域を起源とする外来の果実で、蔓を伸ばし、多数の実を結ぶ葡萄は豊穣と多産のシンボルとされる。
 西域からシルクロードを東伝した図像が一枚の鏡背面で融合し、異国的な吉祥性と華麗な様式美を兼ね備えた、国際色豊かな新たなデザインとして精彩を放つ。

西域のデザインを取り込んだ鏡
「海獣葡萄鏡」(約1,300年前)

3 画像検索

 コレクションのうち、60面について写真、3次元画像、X線透過画像を年代・主題・紋様・装飾といった項目から検索できる。写真はタッチパネルにより拡大することができ、肉眼では確認しづらい紋様、技巧までも映し出す。
 各鏡には詳細な見所解説があり、改めて実物を見直すのもおもしろい。

いろんな角度から鏡を観察
「四神十二支紋鏡」(約1,300年前)

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